2017年3月22日水曜日

図書新聞

春の風のなかで、花びらが思いがけない柔らかさで開くのを、心待ちにして歩く。
この時期が好きだ。
訪れ、という言葉が、五感を通して触れられるくらいに、近くにまで寄ってきているような、夜の街や水辺のざわめき。
季節が確実に変わってゆくのを、心地よい風のなかで感じられるときがありがたい。


2月の寒さのなかで生まれた、拙詩集『あのとき冬の子どもたち』も、
少しずつ、さまざまな眼差しのもとで、温かさをいただいている。


3月18日発売の、図書新聞(3月25日号)でも、評論家の皆川勤さんが書評を書いてくださった。
こうして詩の試みが、作者の思いをこえて、他のかたの言葉によって広げられてゆく喜び。
この書評を貫く、繊細で深い眼差しから、力をいただいた気がしている。


書店や図書館などで見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。





















『あのとき冬の子どもたち』は、七月堂さんのサイトから購入できます。
税込1296円。送料は無料です。

※Amazonにも、新品の在庫があります。
時々、高価な中古品が出品されているようですが、
新品の在庫がない場合は、
七月堂さんには在庫がありますので、七月堂さんからのご購入をおすすめします。

書店では、ジュンク堂池袋店、ジュンク堂吉祥寺店、新宿紀伊國屋書店、パルコブックセンター吉祥寺店に置いてあるようです。
ほかにも、各書店のサイトからも注文できます。

























2017年3月3日金曜日

雛流し

今日は雛祭り。
以前、雛祭りをモチーフにして詩を書いたことがあります。


第一詩集『水版画』の一番最初に載せた詩、「雛流し」がそうです。
この詩は、もう10年前、「ユリイカ」で松浦寿輝さんが投稿欄の選者をされていたときに、投稿した作品のひとつでもあり、わたしにとっては特別な一篇です。


詩を書くとき、なにか迷いや不安を感じたら、
この「雛流し」に何度も戻ってゆけばいい、そこからまた、と思っています。


雛祭りの日に、もういちど、ここに載せたいと思います。






雛流し



半島の端まで群生する
黄の花の柔らかな牢獄を進む
華やいだ罪人の目をした
人々の間に眠り
盲目の子が夢中で齧る
パンの白さに目覚めて

無人駅の線路を海鳥が横切る
鋭い十字の影は
遠い田園でわたしが閉じた
家系図のようにうつくしい
婚姻を結ばぬ女の唯一の願いは
ただ通過し続けること
言葉や体温をけして交わさずに
きつく折りたたまれた手紙のように
無数の水平線を
水面を照らす子蛇の軽さで
わたしはせめて
家の穢れをすべてのせて流される
それはそれはまばゆい人形(ヒトガタ)となり
幾人もの夫と離縁し続けるための
旅に出よう

ホームに不意に流れ込む潮に
かすかな音符のようにまじる
春魚の血の匂いは
桃の花に包まれた赤ん坊の
一番古い記憶の温み
わたしは今日も
まぼろしの産着に包まれ
名前さえも知らぬ駅を発っていく




※峯澤典子『水版画』(ふらんす堂)より。