水版画



現在までに冊の詩集を編みました(2019年には小詩集『Sillage 夏の航跡』も制作)。

・第一詩集『水版画』(ふらんす堂)は、20087月刊行。

※現在では版元では在庫切れです。







詩集から、何篇かを。




雛流し


半島の端まで群生する
黄の花の柔らかな牢獄を進む
華やいだ罪人の目をした
人々の間に眠り
盲目の子が夢中で齧る
パンの白さに目覚めて

無人駅の線路を海鳥が横切る
鋭い十字の影は
遠い田園でわたしが閉じた
家系図のようにうつくしい
婚姻を結ばぬ女の唯一の願いは
ただ通過し続けること
言葉や体温をけして交わさずに
きつく折りたたまれた手紙のように
無数の水平線を
水面を照らす子蛇の軽さで
わたしはせめて
家の穢れをすべてのせて流される
それはそれはまばゆい人形(ヒトガタ)となり
幾人もの夫と離縁し続けるための
旅に出よう

ホームに不意に流れ込む潮に
かすかな音符のようにまじる
春魚の血の匂いは
桃の花に包まれた赤ん坊の
一番古い記憶の温み
わたしは今日も
まぼろしの産着に包まれ
名前さえも知らぬ駅を発っていく


焚く


みる、という決意なしに
火をみつめはじめることはできない
火種のおこりから灰になるまで
ひとひとりのいのちを
受けとめるつもりで身構えるが
身代わりの札や
肌の香をうつした御籤とともに
絶え間なく焚きつけられる老木の
枯れ枝の先ぎりぎりにまで
燃える、という純粋な絶望が満ちていることに
血がゆるくさわぎ
ふと目をそらしてしまう
恥じる、のではなく
悔いる、のでもないのだが

黒煙のなびくほうへ ほうへと
薄らいでいく血のなかを
ひとつの幽谷を越えた記憶が過ぎる
幼子の手を引くのは 父母ではなく
ちいさくはぜる焔のゆび
ゆらり ゆらと
手に手を取って引かれていく
まだ十分に目もひらかぬうちの道行
何にすがり おびやかされ
くうを切に踏み
この世へと通じる
ゆらぎの吊り橋をわたってしまったのか
せめて 焔の名だけでも思い出そうとしても
火の高まりにまた ふと目がそれる

熱にはじかれたあとの目に
あかの他人の肌は
なんてやわらかに
たやすく染みとおってくるのだろう
火の色が抜けきった
きよらかな群衆の背に
境内の白梅の花影をかさね
火の粉となってあとからあとから
滑り落ちてくる月日に
蝶番をわたすように
つと手をあわせる

祈る

光がふいに差すことがある
望んだわけではないのだが

見舞いの病室の向かいで
洗濯物がはためいている
音を立てぬよう窓辺に寄り
色あせたシーツの
思うよりはきっと硬い繊維に
目で少しずつ、触れる
触れることと触れることの間に
ことん、こととん
遠い鉄橋を流れる貨物列車の音がする
からだのどこかにあるはずの
わたし、の荷箱は
つねに重すぎるか
軽すぎる
目覚めに水を注ぐとき
出がけに靴紐を結ぶとき
戒めや慰めのことばをもって
わたし自身をはかり直そうとするが
たましい、とひとが呼びすてる湿りけの縁に
ことばは
こすれながら浮き 沈み
とくにこんな日暮れには
肺なのか 喉元なのか
きゅ、と急に細くなる声の通り道に
あきらめが満ちてくる

こんなことはほかのひとにも
起きているのだろうか

見知らぬ背骨のかたちに
鈍く毛羽立った
窓越しのシーツに
思い切って わたし、を包みこむと
重さをまだよみきれない針が
ほんのすこし光のほうへとゆれた
はじめての異国の市場で
泥のついた果実をためらいなく
量り売りの皿にどんどんとかさねたときの
新鮮な驚きを呼び起こしながら

からだの軽さにふいによろけ
目をあける
窓いちめんに広がる光は
背後で横たわるひとの寝息から
もれてきた祈りそのものだと
気づく


(以上、『水版画』より)


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