2016年3月27日日曜日

une lettre 一通の、詩。no.3



あめ、ゆき、


時間をかけて駅までの坂をおりてゆく
町のはずれで 雪は
産湯に広げられたガーゼのように
降りはじめた

聞こえない耳に話しかけ
見えないはずの目を覗き
痩せた手をひく
そのために雪はあかるいのだと
知っていたから
子は
尿の匂いがする列車の座席に
眠れないひとを寝かせ
ゆき、と 手のひらに
言葉をもういちど教えた

あげられるものは もう骨しかなかった
それでも父は
あめ、ゆき、と
くちをひらきつづけた
ぎこちなく子を寝かしつけた若い日のように

何度か 子が弁当を届けた
工場のあかりは消えていた
弁当を分けあった川原も
雪で見えない
見慣れた鉄塔や山が後ろに流れ
あめ、ゆき、の声はしだいに弱くなった

いちめんのあかるさのなか
子が目をとじると
膝のうえに
小さな包みだけが残った

それは弁当箱にも骨壺にも見えた

子もまた
いちめんのあかるさのなか
小さな包みになるために生まれ
老いていた

父を呼ぶことのなかった町に列車が入った
雪はやみ
子は
静かな包みにくるまり
ひとり 眠った

 

une lettre 一通の、詩」no.3(2015911日発行)より。
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